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背中を向けていても鼠が自分達の方を向いていてかなり凝視しているのが分かる
このまま何事も無く前を通り過ぎても良いが恐らく奴は風除けの中を覗こうとする・・・

茶色か黒の髪の色をしている女を捜して

まだ出立して一日も経たぬ内に変に目星を付けられるのは得策じゃない
せめて後一日何とか・・・

ただでさえ今回の帰京の行程が昨晩急に大護軍によって変えられたのだ



本当は一区間、船に乗って渡らねば余計に一日多く掛かってしまう所がある

今回は馬もいるがどうすると話は出ていたのだが、女達と歩兵を船に乗せ少しばかり先まで送り届けて、馬は早駆けで陸を行き途中の町で合流する手筈だった頭油多
馬と歩兵達と離れているのは半日程で済む上に宿屋があるからだった

だが、その行程が見直され、陸路を進んでその町に一日遅れで向かう事になった
医仙の船酔いを心配しての事らしい…

俺は前に王様、王妃様と医仙がこの道を通って開京に来られた時は皇宮内の警護の方に当たっていて知らないのだが、トクマンが言うにはかなり酷い船酔いでチャン侍医が薬を処方してようやく落ち着かれたと言っていた。
今回はその様な薬を処方する医員も居らず、船に揺られ船酔いをされた挙句馬には乗れぬと言う事で急遽その行程に変更になった

その増えた一日分は何とか隠し通したいと俺は思うのだが…、こうピッタリと付かれると面倒だな…

すると後ろの方で声がする德善
テジャンの声だ。

「おい、お前…こんなところで野営の準備もせずに何を眺めておる。他の者を手伝わんか!」
鼠が人の影から見ているのをその鼠の後ろから見ていたらしい

俺は女達三人の前で安堵の溜息を吐いた

テジャンは続ける。
「この辺りの手は足りているようだ、お前は向こうの火を起こす方を手伝ってやれ。後、湯が沸いたら組頭達に茶を出すように・・・。他の者達も自分の仕事がある故、お前に頼む。良いな?」
と、テジャンは鼠に反論させず其処まで喋り、俺の方に近づいてくる

「チュモ、お前達は向こうで新兵に仕事を割り振るんだろう?」
鼠に聞こえるようにテジャンが言う。
勿論、その指が指し示す場所は完全に全く違う場所だ

しかし、鼠はテジャンの指し示す方向を確認して、今テジャンに言われた事をさっさと済ます為その場を駆け足で去っていった

その気配を感じ取り、振り返って奴がいない事を確かめて俺はテジャンに言う

「助かりました…。すみません」
俺が言うとテジャンは溜息を吐きながら言った

「あの鼠、余り器用な鼠ではないが…執念深い所がある。まぁ、茶を持っていく相手にも仕事を割り振れと言っておいた故暫くは大丈夫だろう。禁軍の方の鼠は味方同士固まっているからやはり動けん。」

テジャンはそう言うとこっそり俺に耳打ちする

「トクマンには言っておいたが、新兵達にはこれから大護軍の食べられる魚を川で釣ってもらう。野営の準備をしているこの時に準じてそっと川の方へ行け。・・・、大護軍がいる。」

最後にテジャンが言った言葉に驚き俺は大声を上げそうになり、口を大きく開けたところで何とか言葉を飲み込んだ。

そうして極力小さい声で喋る
「どういう事ですか?大護軍が今此処を離れたら・・・」
テジャンは俺が言う言葉が分かっていた様で、俺の話の途中で答えを言う

「替え玉を立てた。今、木の下で眠った振りをしておる…戦の間中大護軍の代わりをして居ったあいつだ。多分大丈夫だ…後はよろしく頼む」
そう言ってテジャンは俺の肩に手をぽんと置き、眉尻を下げて頼んで行った

女達三人は俺とテジャンのやり取りを面白そうに見ているのがその雰囲気で分かる。
声は出さずに笑っているのも感じ取れるほどに・・・